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カテゴリ:YAMAHA 2st Twin( 29 )


2017年 12月 31日

SPONDON YAMAHA

ドイツ人のヤマハファン、Peterさんから面白い写真が送られて来ました。
イギリスのフレームビルダーのSPONDONが作ったフレームにヤマハの市販レーサーTD2(1969年)のエンジンを積んだレーサーです。レーサーだった方からフレームだけを入手しPeterさんがレストアしたものです。
イギリスには、SEELYやRICKMANやSPONDONなどフレームビルダーが多くTRIUMPHやNORTONなどのフレームで有名ですが、60年代後半から70年代にかけてヨーロッパで活躍したヤマハの市販レーサーのフレームも作っていました。
美しいメッキフレームは、クラックなどを見つけるのに有効だと聞いたことがあります。
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御本家のYAMAHA TD2(1969年)
レーサー専用のフェザーベッドフレームに市販車DS6ベースのチューンエンジンを搭載 最高出力 44ps/10000rpm
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Peterさんについては以下参照下さい。
http://ydsclub.exblog.jp/24894807/
http://ydsclub.exblog.jp/22328365/


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by YDS_CLUB | 2017-12-31 14:02 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2017年 06月 11日

YAMAHA 2stroke

ドイツの友人より本が送られて来ました。
ドイツ語で書かれたヤマハ2ストロークバイクの歴史本です。
残念ながらドイツ語は読めませんが写真が豊富で楽しめます。
特に海外の広告やカタログは見たことがないものが多く新鮮です。
本の厚さは約2.5cmで280ページもありボリューム満点です。その一部を紹介します。
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著者の一人でこの本を送ってくれたPeterさんについては以下参照下さい。
http://ydsclub.exblog.jp/24894807/
http://ydsclub.exblog.jp/22328365/

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by YDS_CLUB | 2017-06-11 13:31 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2016年 06月 20日

ツーリングモデル

以下は1962年版の国内向けヤマハのカタログです。
モペットのMF2(50cc)とMJ2(55cc)は、排気量違いなので純粋なモデル数は4種類となります。
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次のものは1963年版のカタログです。下段の3種類はニューモデルになります。
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気になるのは「TOURING」と銘打った「YDT-1」と「YAT-1」です。
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250ccのYDT-1は、YD3のエンジンを少しチューンアップ(17PS/6000rpm⇒18PS/6500rpm)してYDS2のフレームに積んで外観もYDS2を少しアレンジ(メッキタンク、サイドカバーやアップハンドルなど)したモデルです。
YD3は、YD2のマイナーチェンジ版として1961年に発売されました。
1960年くらいまでの国産バイクはオールマイティで仕事にも遊びにも使えると言うスタイル(実用車)でしたがどちらかと言うとビジネス寄りで外観も重厚なものでした。YD3は、セルスターターを装備しています。
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YDS2は、YDS1のモデルチェンジ版として1962年に発売されました。
出力も23PS/7500rpmとなり、一文字ハンドルなどかなりスポーティなモデルでした。
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1963年発売のYDT-1は、YDS2の車体にYD3のエンジンと言うことである意味ハイブリッドだったのかも知れません。
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125ccのYAT-1は、YA5のエンジンを少しチューンアップ(10PS/6500rpm⇒12PS/7000rpm)しニューフレームに積んで外観も新しいものでした。
YA5は、YA3のフルモデルチェンジ版として1961年に発売されました。
エンジンもロータリーバルブ吸気の新しいものでした。
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ビジネス用途がメインですがいろんなバージョンがありダブルシートが付いたものはツーリングユースでもありました。
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1963年発売のYAT-1は、新たなフレームと外観が採用されました。
発売前のカタログでは単色のフューエルタンクでした。
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実際に発売されたものは、洒落た塗り分けのフューエルタンクでした。
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「TOURING」と言うモデル設定は面白いと思いますが当時はスポーツモデルが若者の憧れでした。
このYDT-1とYAT-1は、1964年版のカタログにも載っていますが発売台数は少なかった様で一代かぎりのモデルとなりました。
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《余談》
YD3のカタログではライダーと同乗者もノーヘル(当時は合法)ですが、スポーツモデルのYDS2のカタログではタンデムライダーもしっかりヘルメットをかぶっています。 ※どちらのカタログも1962年版と思われます。
YD3(260ccはYE3)
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YDS2
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by YDS_CLUB | 2016-06-20 20:28 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2016年 02月 06日

ヤマハ ファクトリーロードレーサー 125cc

ヤマハは1961年に世界選手権ロードレース(WGP)に参戦を始めましたがそのメインクラスは250ccでした。125ccにも参戦しましたが250ccほどの活躍はありませんでした。先に市販ロードレーサーTA125を紹介しましたが関連することもあるので125ccファクトリーレーサーについて書いておきます。

ヤマハが初めてWGP125ccクラスに参戦したのは、1961年の第3戦フランスGPでした。空冷単気筒ツインロータリーバルブ吸気(クランクケースの両側にキャブレター装着)エンジンを搭載したRA41は、野口種晴選手のライディングで8位となりましたがトップからは2周遅れ(レースは、13周)でした。その後1963年のRA75まで、空冷単気筒エンジンを改良しましたが充分な戦闘力が得られず、1964年に空冷並列2気筒ロータリーバルブ吸気エンジンを塔載したRA97が登場しました。RA97は、この年の
第5戦ダッチTT(オランダ)にスポット参戦し、フィル・リード選手がホンダ(2RC146、4ストローク4気筒)のジム・レッドマン選手と激しいトップ争いを行い2位に入賞しました。

翌年の1965年には、RA97のエンジンが水冷化され戦闘力を増しました。これがヤマハオートバイ初の水冷エンジンでした。この年は、スポット参戦でしたが第5戦マン島TTでフィル・リード選手が優勝を果たしました。これは、ヤマハのマン島TTレース初勝利でした。2位は、ホンダ(4RC1464ストローク4気筒)のルイジ・タベリ選手、3位はヤマハ(RA97)のマイク・ダフ選手でした。第6戦ダッチTTではマイク・ダフ選手が優勝しRA97の高い戦闘力を示しました。

1966年は、このRA97でフル参戦したビル・アイビー選手が第1戦スペインGPを始め4勝(全10戦)を挙げ、ホンダ(RC1494ストローク5気筒)のルイジ・タベリ選手とチャンピオン争いをしましたが惜しくもランキング2位となりました。(1966年の125ccライダーチャンピオンは、ホンダのルイジ・タベリ選手でした。)
          RA97

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その後125ccクラスは、多気筒化時代となり、ヤマハも1967年に水冷V4気筒ロータリーバルブ吸気エンジンを搭載したRA31を登場させました。ミッションは9速で、最高出力は40psを越えたと言われます。この年、ビル・アイビー選手が8勝(全12戦)を挙げライダーチャンピオンを獲得、フィル・リード選手も2勝を挙げ年間ランキング2位となり、ヤマハはWGP125ccクラス初となるメーカーチャンピオンを獲得しました。
          RA31

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1968年には、更に性能向上と軽量化が施されRA31Aとなりました。エンジン回転数は、17,000rpmに達したと言われます。この年、フィル・リード選手が6勝(全9戦)を挙げライダーチャンピオンを獲得、ビル・アイビー選手が2勝を挙げ年間ランキング2位となり、ヤマハは2年連続してメーカーチャンピオンを獲得しました。
          RA31A

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その後、レギュレーションの変更や日本メーカーのWGP撤退もあり、ヤマハも1969年よりファクトリー参戦を中止しましたが、先行開発の形でレース活動は継続されました。

125ccレーサーは、レギュレーションの変更(1970年より2気筒/6速以下)に合わせ1969年に空冷並列2気筒ピストンバルブ吸気エンジンを搭載したYZ623が登場しました。このエンジンは、市販車の125ccツインAS系(ボア・ストローク 43×43)がベースで、ミッションはクロスレシオの5速に変更されていました。また、フレームやブレーキも市販車のパーツをベースに改造されたものでした。これらは市販車AS系のキットパーツや市販レーサーTA125のベースになったと思われます。
1971年にはミッションが6速に変更され、フレームもエンジン位置の変更やスイングアームの延長が施され、フロントフォークやブレーキもファクトリー仕様となったYZ623Aが登場しました。

1972年は、ボア・ストローク始めエンジン仕様の見直しと水冷化が図られ、大幅に戦闘力をアップしたYZ623Cが登場、ケント・アンダーソン選手は第6戦ユーゴスラビアGPで優勝するなど3勝(全13戦)を挙げ、年間ランキング2位となりました。(1971&1972年の125ccライダーチャンピオンは、デルビのアンヘル・ニエト選手でした。)
          YZ623C

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ヤマハのファクトリー参戦が復活した1973年は、このYZ623C に改良が加えられ、乾式クラッチを装着したOW15となりました。このOW15を駆ったケント・アンダーソン選手は、1973年の第1戦フランスGPから4連勝するなど圧倒的な強さで5勝(全12戦)を挙げ、ライダーチャンピオンとなりヤマハは125ccクラス3度目のメーカーチャンピオンを獲得しました。
0W15とケント・アンダーソン選手は1974年も好調を続け、第1戦フランスGPを始め5勝(全10戦)を挙げ、2年連続して125ccクラスのライダーチャンピオンとなりヤマハも2年連続してメーカーチャンピオンを獲得しました。
          0W15

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1975年、ケント・アンダーソン選手は彼自身の改造でフロントブレーキをダブルディスク化し、セリアーニ製フロントフォークを装着したOW15で参戦し、第1戦のフランスGPで優勝しましたが、この年の優勝はこの1回のみで最終戦のユーゴスラビアGP4位に入り、年間ランキング3位となりました。(1975年の125ccライダーチャンピオンは、モルビデリのパオロ・ピレリ選手でした。)
この年でケント・アンダーソン選手はWGPを引退しました。ヤマハ125cc ツイン・ロードレーサーの歴史もここで幕を閉じます。(余談ですが、この時期から日本メーカーは、WGPの最高峰500ccクラスに力を入れたため、125ccクラスはしばらくモルビデリやミナレリなどイタリアメーカーの活躍が続きました。)


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by YDS_CLUB | 2016-02-06 22:51 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2016年 02月 03日

AT90ロードレーサー

先に紹介したヤマハスモールツインAT90のレーサー記事です。
当時の富士スピードウェイで平均時速129.6km(最速ラップ時約135km/h)は速いです。
ヤマハニュースNo.39(1966年10月号)より
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「ヤマハニュース」は販売店向け機関誌で歴代のものをヤマハのデジタルライブラリーで見ることが出来ます。
http://global.yamaha-motor.com/jp/showroom/cp/library/


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by YDS_CLUB | 2016-02-03 21:04 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2016年 01月 30日

市販ロードレーサー TA125

1960年代は国内でもモータースポーツが盛んとなり各メーカーはキットパーツという形でチューニングパーツを供給していました。
ヤマハは1959年発売のロードスポーツYDS-1でキットパーツを設定し浅間レーサーやスクランブラーに改造できましたが1962年に市販ロードレーサーTD-1を発売しその後TD(250cc)/TR(350cc)シリーズ、またTZシリーズと続き完成車で直ぐにロードレースへ参加できるようにしました。
250cc以下の小排気量クラスはキットパーツを供給し続け安価にモータースポーツを楽しめるようにアマチュアライダーをサポートしました。
1965年に発売された2ストツインのAT90にもキットパーツがあり、ロードレーサーへの改造方法を記した「レースマニュアル」を提供していました。
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同じく1967年発売の2ストツインのAS-1(125cc)にもキットパーツがありましたが、1973年にヤマハ初となる125ccの市販ロードレーサーTA125が発売されました。
これは1971年に発売されたロードスポーツAX125をベースとしており、最高出力24ps以上/12750rpm、乾燥重量81kg、価格35万円というものでした。
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1971年AX125
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TA125は同じ仕様のまま約2年間発売されました。この時期250/350ccクラスの市販レーサーは水冷化された時代で海外でもモリビデリ(イタリア)などは水冷125ccの市販レーサーを販売していました。
TA125は国内のアマチュアライダーに受け入れられ一時的には台数を伸ばしましたが性能的には少し遅れて来た市販レーサーの感はありました。
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《おまけ》以下は柴田一弥さんが作った1:9スケールのスクラッチモデルのTA125です。
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※柴田一弥さんの作品は以下のWEBサイトで紹介されています。
http://www.fcv.ne.jp/~kaz-ya/


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by YDS_CLUB | 2016-01-30 19:01 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2016年 01月 24日

ドイツのYDS-1

以前紹介したドイツの Peter AbelmannさんのYDS-1がドイツ版「Classic Motorrad」誌に記載されました。
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Peter Abelmannさんの紹介はこちら
http://ydsclub.exblog.jp/22328365/

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by YDS_CLUB | 2016-01-24 21:09 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2015年 12月 29日

YDS-1 in Australia

オーストラリア在住の知人が「OLD BIKE」というオーストラリアのクラシックバイク誌の最新版を送ってくれました。目玉はYDS-1の記事です。
「The game changer」というタイトルで紹介されていますが、当時ビジネスユースが強かった日本のバイクの流れを変えた革新的なスポーツバイクという意味だと思います。
解説によるとかなり初期のYDS-1(日本国内販売年は1959~1962年)がオーストラリアで販売されており日本以外ではおそらく初めて売られたであろうということです。
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オーストラリアには“LIBERTY”という牧場用のモデルもあり有力なインポーターがヤマハ車を輸入していた様です。
http://ydsclub.exblog.jp/22476998/

海外のYDSは以下でも紹介しています。
http://ydsclub.exblog.jp/22328365/

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by YDS_CLUB | 2015-12-29 22:49 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2015年 12月 25日

Italjet Buccaneer 続き

Italjet Buccaner に興味を持ったのはそのフレーム構成にあります。
ヤマハのスモールツイン系はパイプフレームとなった1967年のAS1(125cc)からダウンチューブがエンジンに繋がる「ダイヤモンドフレーム」を採用していました。
これは動力性能がそんなに高くない小排気量車としては軽量化を狙う意味で正しい選択だと思います。
以下は1971年AX125のダイヤモンドフレームです。
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以下は、Italjet Buccaner のダブルクレードルフレームです。
高い剛性が得られる構成でイタリアンとしての独自性を出したのだと思われます。
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※ヤマハスモールツインについては以下参照下さい。
http://ydsclub.exblog.jp/22303206/


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by YDS_CLUB | 2015-12-25 20:44 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)
2015年 12月 22日

ヤマハスモールツインエンジンを載せたイタリアン Italjet

1970年代前半ごろ、イタリアでは自国のメーカーを保護するために380cc以下のバイクの輸入を禁止していました。
ホンダはCB450やCB750、スズキはT500などを販売していましたがヤマハはXS1(650cc)の販売を始めたばかりでまだ台数は少なかった様です。
イタルジェット社はドゥカティで活躍したレオポルド・タルタリーニ氏が興した会社でその当時ヨーロッパの他のメーカー、ヤワやトライアンフなどのエンジンを使いタルタリーニ氏がデザインしたバイクを販売していました。
イタリアで販売実績が欲しかったヤマハはこのイタルジェット社にエンジンを提供した様です。
その結果、ヤマハ125cc・2ストツインエンジンを搭載した Italjet Buccaneer が生まれました。
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※解説情報やカタログ画像はヨーロッパの知人から入手したものです。

ライダースクラブクラシック誌vol.3 に載っていましたがレオポルド・タルタリーニ氏は残念ながら今年の9月に83歳で亡くなられたとのことです。
以下は、ドイツ版MOTORRAD誌2010年11月号の記事です。
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by YDS_CLUB | 2015-12-22 21:07 | YAMAHA 2st Twin | Comments(0)